桜が散る前には…

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ため息を一つ。 窓の外は、漆黒。 ネオンと光の渦は遠くに見えるけれど、都会でも有数の高層ビルの中にあるこのオフィスまでは届かない。 放心したように遠くを見つめていた自分に気づいて、私は席を立つ。暗い廊下に出て、休憩室で缶コーヒーを買うと、席まで戻った。打ちかけの企画書とデータ、明日の朝までに揃えなければならない書類。画面のあちこちにファイルがあいていて、自分の集中力が切れていた事を思い知らされた。 ノートパソコンを仕方なく切って。 帰宅を決めた。 明日から3日間の出張に出る。 帰ったら荷造りもしなければならないし、資料は最悪新幹線の中で纏めるしかない。 私が無計画なわけではなくて、インフルエンザにかかった部長の代理で急遽出張が決まったせい。 ある程度はまとめてくれていたけど、少しだけ残っていたし、全ての資料に目を通さないとならないし。 でも、忙しい方が気が紛れるわ。 失恋の痛みを知らない内に消してしまえたらいい。 オフィスを出ながら、携帯をチェックする。 朝から無視し続けている同じ人からの3回目のコールと、友人から2通のメール。 明日から出張だということを友人に返して、私は電源を落とした。 コールには応えるつもりなんかない。 今は、応えられるだけの心積もりが無いから。 仕事用の携帯があれば出張には差し支えが無い。だから、私は逃げた。私が今自分で立っていられる場所があると教えてくれる仕事という鳥籠に。 電車に乗り込むと、週刊誌の宙づり広告。 そこに、見たくない名前を知らぬ間に視界に入れてしまって、ため息をついた。 扉にもたれて移り行く景色をぼぉっと眺める。窓に映る私は、酷い顔。何度同じ思いをすれば、私は思い知るのだろう。彼は、私のものにはならない運命なんだって。出会いと別れを繰り返して、喜んだり悲しんだり。住む世界が違うものになりすぎて、私は彼の世界を頑張っても体験出来ないし、理解できないのだろう。 こうなることは、想定内だったはず。 彼が私に『やり直そう』と手を差し延べてくれた時に、きっと気づいていたこと。私はあまりにも舞い上がって、上手くいけると信じようとしていただけ。これが悲しいけれど、現実。 今度は上手くこの恋とさよならしなきゃいけない、と私は窓に映る自分に言い聞かせた。
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