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「―――ぃ、……おい!」
――誰かが呼ぶ声がする。
誰だろう。酷く意識が朦朧としていて、網膜に直接焼き付くような灯りが眩しい。
「おい!円香!これ何本だ!三本って言わねえと張り倒すぞ!」
「―――ぇ」
視覚に入り込む光と一緒に、激しく肩を揺さぶられる感覚で、徐々に意識が戻り始める。
目の前には、今にも殴りかかってきそうな形相をした女の人。
「……ナギさん?」
「誰がアタシの名前答えろっつった?
…まぁいい、アタシが分かるンなら頭の中はいつも通りってことだな」
「…え?」
ポカン と間の抜けた顔で同じアパートの住人を眺める。
その瞬間、アパートで一番 気の短いその女性のチョップが頭頂に襲いかかった。
「ふざけてんじゃねぇぞ!
あんな馬鹿でけぇ悲鳴上げやがって、テメェはアタシを眠らせねえ気か!」
「ご、ごめんなさい!本当に、ごめんなさい!」
必死に頭を下げる円香に、ナギが肩透かししたかのようにため息をつく。
ナギは怒っているというより、円香に何かあったのかと焦っていたらしい。
――申し訳ないと思う反面、隠しきれないナギの優しさが、ほんの少しだけ嬉しかった。
パタンと、誰かが部屋から出ていく音がした。
「あの…ナギさん。今の人は…?」
「イツキの姉御だろ。気づかなかったのかお前?」
「…あ」
そうだった。ナギが気づいたのだから、他の住人達が気づかない筈がない。
「別に良いよ。あの人は無事ならそれで良いって顔してるし…マリの姉御は気づきもしねえで寝てやがる。ホントに図太い先輩達だぜ」
「…ごめんなさい」
「謝る暇あんならさっさと寝ちまえ。余計なこと考えるからくだらねえ夢なんか見るんだ」
夢、と言われて先に見た光景を思い出す。
――アレは夢だったのだろうか。
今思えば、今までの光景がはっきりしない。思い出そうとしても、霞がかかったように頭の中がボヤけている。
「もう呼ぶんじゃねえぞ。コッチだって暇じゃねえんだ」
言い捨てながら、ナギは ピシャリと窓を閉め、部屋を出ていった。
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