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オフィス街を抜けスクールバスで十分、丘の上に円香のキャンパスはある。
林に囲まれたそこは、潔癖すぎてちょっと身の丈に合わない気もする。
「おはよ、円香」
「うん、沙夜ちゃんもおはよう」
円香の肩を叩く、小学校からの幼なじみ。
ボーイッシュな恰好が似合うショートカット。
水瀬 沙夜(ミナセ サヤ)はいつも通りの屈託のない笑顔で、広く遠いキャンパスの奥へ走り抜けていった。
「朝から元気だな、沙夜ちゃん」
どこか諦めの入った微笑みのままポツリと呟く。
沙夜に限らず円香の周りにいる人達は、皆 円香の目には輝かしく写っていた。
沙夜はいつだって明るくて、そして底抜けなまでに優しい人だ。
イツキさんやナギさんは、自分の事務所や企業ではバリバリのキャリアウーマン。
マリさんだって小さいながらも、二十代で会社を切り盛りしている令嬢だ。
――どうして自分には何もないんだろう。
昔からドジで臆病で、何の取り柄も無いまま流されるように生きてきた。
変えたいと願っても、何をどう変えればいいか分からないまま、気がつけば大人になろうとしている。
自分はそういう人間なのか。そうして生きるしかないのか。
もしかしたら自分は、誰かの役に立てないまま…何の生き甲斐も得られないまま生きていかなきゃいけないのだろうか。
『甘えるな』とアパートの大人達はそれをキッパリと言い捨て、それ以上の問答は許さなかった。
確かに甘えだと思う。
でも私は何に甘えてるのだろう。
出来ることなら、甘えなんか捨ててしまいたい。
でも、今の私じゃあ…
今の私なんかじゃ…
こんなことなら、
今の私なんて…
「駄目、駄目だよワタシ!」
パンパンと、両手で頬を叩く。
そうだ。こんな問答繰り返したって何も変わらない。
とりあえず今は、目の前のことをやっていくしかない。
「…あ!どうしよう…先輩のお見舞い、全然行ってない!
でも今日は叔父さんの屋敷に行かなきゃだし…来月には試験だし…あぁ、どうしよう!」
――結局のところ、私が変われるのはまだまだ先の話のようだ。
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