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―16時10分―
授業終了を告げる合図と共に、足早に生徒達の足音が鳴り響く。
いつもと変わらない授業カリキュラムを終え、円香は鞄にテキストを詰める。未だに高校の鞄を懐かしげに使っているのは円香くらいだろう。
やることもないので日が暮れるまで街へ降りてみようか などと考えながら、大教室を出た時、見慣れた体躯の男の人達に声を掛けられた。
「ちょっといいかな?」
「はい?」
「君さ、もしよかったら科学のキリトのとこにコレ持ってって欲しいんだけど、いいかな?」
その年上の男達の声はいかにも親しげだが、口振りや仕草にはまるで遠慮がない。
今も頼み込むように聞いてはいるが、その気になればこちらの意見など頑として聞き入れず 押し付けてくるだろう。
怖かったが、円香としても大人しく引き受けるわけにはいかなかった。
「あの、よく分からないんですけど…そういうのは本人がいった方が良いと思うんです」
「いやね、今から俺達サークルの都合があるんだわ。だからね、同じ学部のよしみでなんとかならんかね?」
「で、でも…もし私が分からないこととか聞かれたら…」
「何、先輩達は良くて俺達は駄目なわけ?」
ズイとにじりよる男達の口調に僅かに怒気がこもる。
今にも掴みかかってきそうな彼等の圧力に、胸元が詰まりそうになる。
その怯えに負けそうになり、思わず頷きそうになった時…
「もうその辺にしときなよ」
背後から、彼等のたしなめる穏やかな声がした。
「なんだよ橘(タチバナ)、お前には関係ないだろ?」
「関係ある。同じクラスの奴等が、年下の女の子を困らせてるんだ。ほっとけってのが無理さ」
白いシャツに黒のスラックスというありふれた見た目の男の人は、穏やかながらも頑なな目を彼等に向ける。
「ちょっと頭いいからって恰好つけるなよ。それともアレか?お前がその可愛い可愛いヒロインのためにパシられてくれるってのか」
「ああ、望むところだ」
「――ま、まって下さい!!」
何かいけない気がして、気がつけば声を出していた。
突然の大声に驚く彼等に気にもせず、ひったくるように送り物を受け取る。
「私が…私がやりますから。だからもう喧嘩とか…その、良くないです」
「おい、君な…」
「失礼します」
助けてくれた男の人が困った顔をしている。
困らせたのは私、それだけで…泣きたいくらい悲しくて、忘れるように走り出した。
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