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研究棟。本校舎から少し離れたところにある寂れた研究施設だ。
講師であるキリトは講師達の中でも最古参な変わり者で評判だったが、六年前から人が変わったように周りを拒み研究棟に籠るようになってしまったらしい。
厳格な研究施設の前で一呼吸し、重苦しい扉に手をかける。
「あの、失礼しま…」
瞬間、その扉が豪快な笑顔と共に開け放たれた。
「おぉ、よく来てくれたね。しかもこんな可愛い子とは嬉しいよ。どうだね?今年のミスコンに出てみてはどうかね」
「あ、あの…」
ボロの入った白衣を纏った白髪の老人は、屈託ない表情で微笑む。
「立ち話もなんだ。入りなさい」
「い、いえそんな…悪いです」
「気遣いなんかいらん。こんな爺が口説くわけもなかろう。実は貰い物の茶菓子が余ってるのだが、老いぼれ一人で侘しく摘まむのは哀しいと思わんかね?つまりはそういうことだ」
快活に笑い飛ばす老人が、少しだけ寂しそうに思えて、円香は小さく頷いた。
「いや今日は運が良い。まさに最後の晩餐といったところか。
彼方まですっ飛ばされたのもある意味無駄ではないというわけか」
「…?」
言葉の意味が分からず、古びた木造仕立ての建物に踏み入る。
入ってすぐ両脇には奥へと続く回廊、前方には大きな階段が二階へと続いている。
キリト講師の背中を追いながら、階段の手すりに手をかけた――
――息の詰まるような寒気に襲われたのはその時だった。
「――ッ!!」
つま先から頭頂に至るまでの君の悪い感覚に振り返る。
人影などあるわけもなく、両脇への回廊もただただ闇を示し続ける。
「どうかしたかね?」
「いえ、誰かに見られてる気がして…」
「なんだ、そんなことか。そんなの解りきったことじゃあないか」
彼が振り返り、階段の上から神妙な顔でコチラを見据え、
「その正体は簡単だ。この建物から出たら、君の前に一人の男が現れる。酷く気の弱そうな男だ」
「……」
「しばらくためらったのち、振り絞るように彼はこう言うのさ。
『好きです、僕と付き合ってください』とね」
「……え!」
からかわれてることに気づき声をあげる円香を、彼はワハハと笑いかけた。
「まぁ、そんなこともあるかもな。なにせ世界は広い。何があるか分からん」
円香の抗議したそうな表情を見ることなく、彼は進み始めた。
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