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外観では分からなかったが、この建物の中身は迷路のように入り組んでいる。
構造自体は大したことはないが、あちこちに階段と扉が取り付けられ、地図がなければ正しい道筋が分からなくなるくらいだ。
まるで、外敵の侵入を阻む迷宮のように、
窓もない薄闇のなか、気がつけばここが何階なのかも分からなくなる…
彼の研究室は薄暗く、もう何年も掃除をしていないかのように雑然としていた。
それにしては、書類をしまう棚だけが機械のようにキッチリと構えられている。
「さて、散らかってて悪いね。確か紅茶は…と」
慌ただしくキリト講師は積み上がった書類を散らかす。どの書類を見ても、わけのワカラナイ文字や図面が書かれているだけだ。
「掃除は…しないんですか?」
「いや申し訳ない。こう見えて整理整頓は得意な方なのだが、さすがに六年も経っては…ね」
「?」
キリト講師が奥の方から紅茶の箱を引っ張り出す。もう何年も使われてないようなそれは、残念ながら飲めたような代物ではない。
「あの…キリト先生」
「なにかね?」
箱を眺めていた彼の視線が、そのまま円香に向かう。それはどこか探るような目付きで、ひどく不気味なものだった。
「そんなに気を使わなくても良いです。元々ちょっとした用事があっただけですから…」
「そういうわけにもいかん。さぁさ、とにかくこの菓子だけでも食べていきたまえ」
パッと明るくなった彼が、菓子の詰まった箱を手渡す。断るわけにもいかず、おずおずとそれを受け取った。
「他の先生達には渡さないんですか?」
「それも考えたさ。だが無理だ。ほんの少し間が空いただけで、私は随分と嫌われてしまったようだ」
「…え?」
あまり意味の分からないことを言っていた彼は、此方に背を向け大きく息をつき、
「…これは内緒話だが、この六年間の私は……本当の私じゃない」
…よく、意味が分からなかった。
「六年前のあの日から、私の中の私はせいぜい三日程度の時しか過ごしていない。
その間に…六年間私として振る舞っていた私が作り出したのが、この書類の山だよ」
「…なにを」
…言っているのですか。
そんな円香の沈黙を許さず、振り返った彼は、不意に奥へと歩き出した。
「来たまえ、君に見せたいものがある」
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