1ー夢カラノ喚ビ声

14/25
前へ
/139ページ
次へ
誰にも見えない部屋の片隅に、その通路はあった。 開けた瞬間、暗闇と一緒に気味の悪い冷気が身体を打ち付ける。 「先せ…怖い、です」 「怖がることはない、そう…何も怖がることなんかないよ」 背後から彼が背中を押す。 だが、今の円香には…肌を打つ冷気よりも、身体を飲み込んでしまいそうな闇よりも、 別人のように抑揚なく私に語りかける、 キリトという一人の人間が何よりも恐ろしかった。 「私の意識は確かに六年間喪失された。だが、その中で私ははっきりと‘視て’しまったんだよ」 止まれない。止まれば円香の背をキリトがなぞるように押す。 振りかえれない。振り返ったその先にあるものが、酷く曖昧に思えてきて、見えないことがなお一層 恐怖心を煽る。 「先生…言っていることが分かりません。もう、やめてください…」 コポコポ 水のような音が闇に生まれる。 「アレは一体なんなのか。私が長年生きていた中で、アレほど心に詰まったものはない。物事の意味を探り続ける学者の血が冷めていくのを感じたよ… ヒトでありたいなら、アレの意味だけは…」 ‘決して理解してはならないと’ 「…せんせい、もう、やめて…」 言葉すらが詰まる、哀願する子供のように呟きながら、その足は止まることすら許されない。 コポコポ、水の中に泡が生まれる音。 四方より成り立つそれはすなわち、大きな大きな息吹の音。 ――何がそんなに恐ろしいのか? ――何をそんなに…私は何かを拒絶しようとしているのか? 分からないまま、私は暗闇とヒトと未知の肌寒さに怯える ことしか出来ない。 「…私は、彼等の傀儡でしか無かったのだよ。私の脳髄は彼等のサンプルとして魂の外へと弾き出され、成り代わったもう一人の私は…ただ求め続けた」 ようやく、キリトの声が背後から離れていく。 「この世界の、本当の正体がね」 カチリ、キリトが壁のスイッチを押す。 闇しか無かった空間に光が広がる。 ――視界が滲む、闇に慣れた瞳孔が震えるなか、私はその姿を見た。 一本道を取り囲むような巨大なガラスケースの群れ コポコポと泡を弾きながら、その中のモノは…その中のソレは 「――ぁ」 蕾のような、花のようなイキモノ 枝のような翼を、花弁のような口を、 円柱みたいなスガタをしたソレは、確かにイキテイテ…イキテイテ…コッチを見… 「――」 意識は はっきりとそこで途絶えた。
/139ページ

最初のコメントを投稿しよう!

53人が本棚に入れています
本棚に追加