1ー夢カラノ喚ビ声

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――ズリ…ズリ… 嫌な音が鼓膜に響く、音というより振動だ。耳を覆おうにも何処もかしこもピクリともしない。 …て、…り…。 ――ゴトン ピチャン 飛沫が跳ねる音、ピシャピシャと地面を跳ねる。 不意に絵の具の工作を思い出す。 ……、け…り。 ――クヒヒ、フヒヒ 気持ちよさそうな男の笑い声が小さく溢れる。 不思議と頭に浮かんだのは、壊れかけの玩具の、悲鳴のような一鳴き。 …て、けり… 「……ぁ」 直後、確かな意識と視界を取り戻す。 薄暗い空間に漂う灯火が僅かな光となって眼を照らし、ヒンヤリとした石造りの地面が躯の感覚を呼び覚ます。 「…あれ、え、何…?」 躰が隠すようにシーツに覆われていたことに気付く。引き剥がしながら、先までの出来事を思い返す。 …て、けりり。 ――その声に背筋が凍る。 どれほど気を失っていたのだろう。 建物の隙間から僅かに差し込んでいた日の光は消え失せ、代わりに闇夜の重い沈黙が肌を衝いている。 て、けりりーーー ――甲高く伸びる音が微かに耳につく。 冷えた棒で突かれたように、気持ち悪い感覚が背中が走る。 「もう、夜…あれ、私…なんで」 立ち上がり、辺りを見渡す。 そこは先までキリト講師と話をしていた彼の教務室だ。片隅には、いつか見たような深く暗い通路がある。 てけりりーー ――舘の何処かから音波のように鳴る音が耳に障る。頭で理解しようとするたびに警鐘じみた怯えが躰をすくませる。 「…ッ、キリト先生!」 臆している暇はなかった。 暗がりの中、自棄になるように通路に飛び込む。 果たしてそこには何があるのか。 何事も無かったかのように微笑を浮かべるキリト講師か、 それとも、剥製のように身動きひとつしないあの異形の標本か、 あるいは… 「……え」 …なかった。 そこには、何も無かった。 円香の言い様のない恐怖の正体も、 子供をあやすような笑みを浮かべるキリトも、 そして、 動く筈のない…あの異形のイキモノも 「…あ、あぁ…」 ピチャリと、割れたケースから液体の滴る音が地面を這う。 幾つもあった標本は全て破られて、 割れたガラスと溶液が地面に散乱している。 その中に、地面に記してあった見慣れた文字 …二 ――誰かの文字でそれは ……ゲ ――最後の力を振り絞るように ………ロ それは、赤い紅い血の色だった。
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