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ベシャリ と泥が這い落ちるような音に、見慣れた男性の生首が飲み込まれる。
天井から円香の目の前に落ちてきたその黒いアメーバみたいなモノの中から、ゴリゴリと咀嚼のような音が鳴る。
「…あ、あ…ぁ」
気がつけば円香は床に座り込んでいた。目の前で起こっていることにただ震えることしか出来ず、恐怖で涙を流すことさえ忘れてしまっていた。
ゴリゴリ ゴリゴリ
咀嚼音はキリト講師の躰にまで及ぶ。
掃き溜めのようなソレから黒い粘体が触手のように伸び、彼の残った躰を捕まえ…そして跡形もなくその内部へ取り込んでしまった。
ゴリゴリ ゴリゴリ
今になって理解する。
アレは、キリトを喰っているのだと。
アレにとって、キリトというニンゲンは唯の食い物でしかない。
――ならば、今ここにいる私は…アレにとってなんなのか?
「――ぁ」
問いた瞬間、答えは出た。
目の前のソレ、キリトだったものを髪一本まで残らず喰い尽くしたソレの中で
眼球がゴロリ と向き直る。
はっきりと此方を見た瞬間、そのアメーバの一部が裂け、鋭い歯を見せるソレはまるで笑顔を浮かべる口元のような…
「あ…あぁ…あああぁ――ッ!!!」
振り返り、全てを振り切った。
沈黙を続けた口内から有らん限りの悲鳴と、硬直を続けた躰を破裂させるように跳ね上げ 地を蹴る。
背を向け逃げ出した者を、アレは次なる獲物と見定めるだろう。
どうやって追い付くのか、先までのように…自由に生み消しした口や眼のように、脚まで生やして追いかけるのだろうか。
考えたが、答えなんて出ない。
今はただ、壊れかけの機械のように無様に滑稽に、逃げ続けることしか出来ない。
「どうしよう…どうしよう…!!
死んじゃう、死んじゃうよ、沙夜ちゃん…!!」
手当たり次第に扉を開けながら、いつも一緒だった幼なじみを思い出す。
もう一度あの笑顔に会いたい。
またあの場所に戻りたい。
あんな平和な日常の中で…死ぬなんて、考えたこともないのに。
祖父の顔が頭によぎる。彼の死を体験してなお、死ぬなんて…ずっと遠くにあるものだと思っていた。
もう何個めかの扉を開ける。
「――!」
見慣れた階段が目の前に広がっている。
ここを降りてすぐの扉を開ければ……
「…え?」
その左右の道、からズリズリと乾いた音が鳴り…やがてその音はあの発音に掻き消された…。
テケリ、リーーー!!
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