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幼い頃、ハイネの父は人間の女と恋をした。
愚かな事だ、とハイネは今でも思う。
何も人間と恋した事が愚かなのではない。
人間を人間のままにしていたのが気に食わなかったのだ。
吸血鬼が人間の体内に毒を差し込めば余程耐性が強くない限り妖魔再生と称しての吸血鬼化が始まる。
つまり幾分か魔力は弱くとも吸血鬼になれる、という事だ。
それをハイネの父はしなかった。
人間との恋慕の先にいるのが禁忌の混血、ダンピールと知りながらも。
ハイネ・ヴァレンタインはダンピールだ。
どれだけ自身の生まれを憎もうと、千の人間の血を啜ろうとその事実は変わらない。
その事が、彼を苦しめた。いや、苦しめている。
19の歳月において彼に優しく接する人間は母しかいなかった。
しかしその母すらハイネの8歳の誕生日に兄に殺された。
ハイネの兄は完璧な吸血鬼である。
ハイネの父が政略結婚の意味合いも兼ねて血の濃い貴族の吸血鬼と交わって生まれたのが兄だ。
ハイネが兄が何より嫌いだ。母を殺したからだけではない。
あの時自分も殺さなかった兄が許せないのだ。
未来永劫孤独の苦しみの中で生きろ、と兄はあの時言った。
そうだ。母を失った世界にハイネの味方はいない。
父はどこかまだ見た事もない地に追放され、兄弟はすべからくハイネを見下している。ただ一人、例外はいるが、それでも孤独には変わりなかった。
そんな彼に降って沸いた好機。
同族が妖精の森で殺されている、という話を耳にした。
吸血鬼という種族を簡単に殺せる種はそれほど多くない。
人間の変異種である騎士ならば多少は可能かもしれないがわざわざ森に入ってまで魔物を狩る騎士の話など聞いた事もない。
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