Prologue.Night with Full Moon

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    少年の右腕が少女の左肩に深々と突き刺さる。 その瞬間、赤い魔法円がその場に展開され、二人の視界を消しさる程の光が炸裂した。   激痛、その身を絞るような痛みに少女は顔をしかめる。人形のように精巧な造形をした顔面が絶望に歪む。   少年は一言二言、何かを告げると少女の肩から右手を引き抜き、両の翼で空を飛んだ。   少女の宝石のような紅い瞳が極限まで開かれる。少女はそのまま駆け出すと倒木を踏み台にして恐ろしい跳躍力で空に浮かぶ少年の頭上まで跳んだ。   少年の表情が驚愕のそれに染まる。しかしそれも束の間、空中で少女が振り下ろす刃をもう一度左の翼で受け止めようと広げる。   しかし、今度はそう上手くいかなかった。少女は翼に左手を軽く乗せ、その上から刃を突き刺した。 今度は何の遮蔽物も無いかのようにゆるやかに刃が翼を貫通する。   何故だ。少年の頭が疑問を訴える。いや、そんな事はどうだっていい。 ただ起きた事象を考えるよりもこの先の事を考えるべきだ、と思考を切り替える。   黒い翼を突き抜いた紅い刃がそのまま重力に従って地に落下していく。   突き立つ刃が少女の手と少年の翼をも地面に縫い付けた。   強制的に仰向けにされた少年は、自身に馬乗りになっている少女ではなく空を見上げた。   雲の隙間から、僅かに月が覗いている。それに気付いた少年は長く伸びた爪で剣を突き刺された方の翼を切り裂き、少女の腹を蹴り上げてそのまま転がった。   その先には地獄の釜にも似た断崖絶壁がそびえている。しかし臆することもなく少年はその穴に身を投じた。   落ちていく少年を惜しむように少女が手を精一杯伸すが、届かない。届くはずもない。少年の姿は闇と同化していき、やがて完全に消え失せた。   少年の落ちていった奈落の底を、怨恨の籠った目が睨みつける。自身の手で殺せなかったのが悔しいのか、少女は十字の剣で何度も切り捨てられた翼を切り付けた。 何度も何度も、ただ憎いと言わんばかりに少女は刀を振るっていた。      少女の頭上では大空を覆う雲は完全に二つに別れ、綺麗な円形をした月が爛々と輝いていた。    
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