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公道の脇の山道に、定家葛が咲いた頃だった。
穏やかに歩みを寄せてくる初夏の気配は、何の前ぶりもなく、けれど派手な音を立てて歯車の箍が外れるであろう時の訪れを、事態を知るごく僅かな者たちに静かに告げているようでもあった。
だだっ広い古い屋敷に複雑な構成で暮らしながらも、不思議とそのことに疑問を抱く者は居なかった。
それはけして慣れなんかでも、ましてや自身の損得をふまえた上で納得し、そうしている訳でもない。
この頃の俺にも、それは理解できていただろう。いや、理解せざるをえなくなっていたと言わなければならないのだろうか。
皆、この屋敷の異常さや世間とのずれに、目を背けていたわけではない。歩くことや水を飲むことと同様に、それを受け入れていたのである。
それがこの家に課せられた『呪い』であり、切っても切れない縁だった。
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