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長雨は、決して強く降らなかった。
何かを慈しむように、優しく舞い降りてくる。そして、寺の周りに咲いた紫陽花(あじさい)の花弁を揺らす。
寺内からは、何やら物悲しい音が鳴っていた。
一つ目小僧は仕切りを開け、境内を覗いてみる。そこには、目を瞑って琵琶を奏でる僧がいた。
中へ入り、戸を閉めると、雨の音や匂いはしなくなる。
小僧の鼓膜を震わせるのは、その男の声と楽器のみである。
僧は、大声を上げていた。
妖怪に、気付いていないのだろうか。
寺に轟く、壮大な経文。金輪際まで届き、須弥山がこだまを返すほど、男の声量は大きかった。
小僧の臓物は、全て引っくり返る。動悸は激しく、脂汗をかいた。
前で正座をする琵琶法師に、小僧は底知れぬ興味を抱く。
寺の外では、鶯が黙りこくっていた。
一つ目小僧は、琵琶の子守唄に目を閉じた。
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