1人が本棚に入れています
本棚に追加
翌日、また雨が降った。
鶯と蝉が、鳴き叫ぶ。雨雲を引き裂くような声だった。
小僧は、思い出す。琵琶を弾いていた僧のいる寺を目指し、走り出した。
境内では、男が琵琶を抱いてじっと座っていた。目は、やはり開けていない。
小僧は男に近付くと、覗き込むように顔を見詰めた。瞳を閉じた僧に、小僧は声をかける。
しかし、男は口を開かなかった。
小僧は思う。もしやこの男、目が一つもないのではないかと。
少しして、男は右手を動かした。銀杏の葉の形をした、大きな撥が握られている。
寺の外では、蝉の声と雨の足音が響いている。
鶯は、鳴いていなかった。
琵琶法師は、無言で弾き続けた。弱々しく、女々しく、弦をはじく。
その音色は、梅雨のように艶かしかった。小僧の心に、雨脚を見せる。
鶯が、法華経と鳴き出した。
最初のコメントを投稿しよう!