会話

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 私は決して善意にあふれた人間ではないし、いくらアケミが友達だからって、彼女がサボった仕事をかわりにやる義務は無い。  だから、自分の口から出た言葉に自分でも驚いた。  強いてそうしたくなった理由をあげるとすれば、彼の横にある窓をつたう雨の軌跡が美しいと思い、なんとなく隣りで見ていたくなったからである。  彼は遠慮したが、私は、   「いいよ、私が日直の時にアケミに変わってもらうから」   と答え、彼の隣りの席に座り右ページにせっせと翌日の時間割を書いた。何を話したらいいか考え始めた時に彼が口を開いた。   「富永さんて左利き?」   「うん。でもお箸は右で持つかな」   「器用だね。僕は利き手でも箸の持ち方がヘタなのに」   「あたしも箸の持ち方はよく怒られたー。だから努力して持ち方直したんだけど、ちゃんと持てるようになったのに今度はピアスのこと怒られてさ」    意外にも話がはずんで、日誌を書く手が止まりそのまま1時間半もだらだら話していた。  話を打ち切ったのは廊下を通りかかった隣のクラスの担任の声だった。   「おまえらなるべく早く帰れよー」    たいして力の入ってない呼び掛けだったが私達はハッとした。
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