2.たったひとつの記憶

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「一紗?」 呼ばれて我に返った。 「中入らないの?」 ケイスケが顔だけベランダに出して尋ねる。 「あ、ううん、もうちょっとここに居る。」 「わかった。ごめん、窓閉めとくね。」 静かな音を立てて、ガラス戸がぴったり閉じた。 聞こえるのは、ガラス越しの鼻歌と、風の音。 一紗はいつの間にか右手を握り締めていることに気づいた。 その手をゆっくりと開く。 一枚の薄いピンクの花びらが、夜風に攫われていった。 花びらを目で追ったが、すぐに見失った。 また、冷たい風が吹いたけれど、一紗がその冷たさを感じることはなかった。 でも、花びらを握っていた手のひらは、ほんのりと温かかった。 .
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