【8】永遠の証

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秀樹が乗り込むと同時に、車輪止めを外しに降りてきた運転手が、武志に一礼して挨拶をした。 『今日はありがとうございました。お帰り、お気を付けて。』 胸の名札には、「山本」とあった。 『あの・・・、メールをくれた山本さん・・・?運転手もやってるんですか?』 『あ、はい。うちは小さな会社ですから、人件費削減で。ハハ。では、失礼します。』 『あ、いや、ご苦労さまです。』 (ガイドなんか付けてる場合じゃないだろ!?) そう思いつつ、武志は、ガイドにも軽く会釈して、バスに背を向けた。 角を曲がって、車のドアを明ける。 持っていた袋を助手席に放り投げた時、中から何かが転がり落ちた。 何も入っているはずはなかった。 そう思っていた。 武志の鼓動が激しくなる。 拾い上げて見ると、やはりそれは制服のボタンであった。 (まさか!待って!) 武志はバスを呼び止めようと、角を戻った。 が、バスはもう発車した後であった。 ところが、彼女はまだそこに立っていた。 武志が、ゆっくり近づいて行く。 『乗らなかったんですか?』 『ええ、実は家がこの近くなんです。』 『良かった、まだいてくれて。』 『えっ?』 武志は、彼女の顔を見つめて微笑み。 落ち着いた声で、言った。 『お疲れ様でした・・・坂本楓さん。』 驚いた彼女が、一歩下がる。 『わ、私は、中山ですが・・・。なんでそんなことを。』 武志は、右手を前に出し、掌を開いた。 『このボタンは、隣の部屋に行った時に、君が入れたんだね。』 「中山」の目には、涙がこみ上げていた。 『卒業式の時、何人かにせがまれたんだけどね。僕がボタンをあげたのは、・・・楓さん、君だけなんだ。』 卒業写真の武志の制服には、一つだけボタンが欠けていた。 そのまま最後まで、好きな人の想い出を守ったのである。 彼女の瞳からこぼれ始めた涙は、もう止まらなかった。
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