【9】再会、そして…

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武志は、その瞳をそのままにしてはいけないと思った。 もう二度と… 『さぁ、楓さん。今ここで、卒業式をやり直そう。』 武志のその言葉に、彼女の瞳の輝きが少し戻る。 持ってきたバッグから、預かっていた卒業証書を取り出した。 今日もし会えたら、渡すつもりで持って来ていたのである。 向かい合った二人の間を、桜の花びらが、舞い落ちて行く。 涙をぼろぼろ流しながら、彼女が真っ直ぐに見つめる。 『桜木中学校、第22期卒業生、坂本・・・』 涙で声が詰まった。 『・・・坂本、楓!』 『・・・はい。』 楓が一歩前に出る。 噛み締めた唇が震えている。 『卒業、おめでとう。・・・長かったね。楓さん。』 彼女の伸ばした手に、ゆっくり武志も手を伸ばして行く。 卒業証書が、彼女の手に渡る・・・はずであった。 しかし、それは彼女の手を通り抜け、二人の足元に落ちた。 『えっ・・・!?』 時間が・・・止まった。 『か、楓・・・さん。』 武志の脳裏に、今夜のことが想い出された。 (寒くないですか?) (ガイドの挨拶は・・・?そんなもんねぇよ。) (秀樹が空けた襖をすり抜け・・・) (ガイドが連絡を・・・なんだそりゃ?) (人件費削減で・・・) (門を…すり抜け・・・た?) 今にして思うと、彼女が、武志以外の者と話すことも、武志以外の者が、彼女に話しかけることもなかった。 武志以外に、彼女の存在はなかったのである。 『き・・・君は・・・』 悲しい目で、涙を流す彼女が、静かに口を開いた。 『武志さん。ごめんなさい。私はもう・・・。』 (この世には、生きていない・・・。) 彼女は、病気が見つかった後も、彼に会いたい一心で必死に働いた。 しかし、半年も経たずに病床に倒れ、二度と立つことはなかったのである。 自分では早くから気付いてはいたが、病院へ行く時間とお金を惜しんで働いた結末であった。 父親が見守る中、彼女はおよそ19年の悲しい生涯を終えた。 最後まで、愛する人がくれたボタンを、握り締めたまま・・・。
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