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10秒ほど沈黙し、アロマはゆっくりと口を開く。
「噂で聞いたんです…」
「噂?」
予想外の言葉だが、よく考えてみれば、話の種にはなるかも知れないとも思う。決して脱がない帽子に、どんな秘密が隠されているのか…。
「どんな噂かな?」
ためらいがちにアロマは話し、
「…先生の帽子の中は、その…」
結論は一気に突き付けた。
「──生えてらっしゃらないのではないかと!」
「…………は?」
思考が停止してしまった。口を半開きに固まった私を見て、アロマがフォローする。
「でも、たとえ先生がそうだとしても、私は先生が大好きですからっ!」
おろおろと半泣きで、およそ見当違いなことを言うアロマがおかしくて、つい笑ってしまった。
「せ、先生…?」
彼女はポカンとしている。
「ははは、いや、参った」
怪訝そうにこちらを見ているアロマをよそに、私はまず自分を落ち着かせようと、また紅茶をすする。
「アロマ、心配しなくていいよ。それはまったくの嘘だから」
愉快な気分だ。まさか皆がそんなことを噂していたとは。
「なら、どうしてですか? 帽子に何か隠しているとか…」
まったく、彼女の発想もおもしろい。
「私の髪型にも、もちろん帽子自体にも、なんの秘密もないよ。ただ、外せない理由があるだけさ」
「外せない理由?」
アロマは可愛らしく首をかしげた。
「それはまだ言えないな。しばらくは話の種になったままでいるよ。おもしろいからね」
アロマが私を慕ってくれているのが解るから、彼女には余計に言いたくはない。
私の態度に、謎はますます深まるだろう。目の前の少女はすっかり考え込んでしまった。
「アロマ、ありがとう」
「…え?」
疑問に答えられないが、代わりに伝えなければならないことがある。
「さっき言ってくれただろう? たとえ私に髪がなくても好きだ、とね」
さっと頬が赤くなる。私は単純に喜ぶことにした。まだ幼い少女が自分の倍も生きている男に寄せる、その好意を。
「あの、そ、それは…」
狼狽する彼女に笑いかけ、私は紅茶を飲み干した。
「ああ、おいしい。おかわりを頼んでもいいかな?」
きょとんとして私を見、笑っているのを確認すると、彼女も顔をほころばせた。
「はい、今すぐに」
いつになるかはわからないけれど、いつか話せたら、と思う。
彼女もまた、大切な人なのだから。
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