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その日、少女は満員に近い電車の窓際で、車内の揺れに身を任せながら、小さくため息をついていた。
原因は、一つ年下の、弟の事だった…。
彼女の名前は 伊地綱 亜衣
(イチヅナ アイ)
一途な愛を、名前にしたような、今年の春、卒業を迎える、現役の女子高生である。
背中まで届きそうな黒髪を、
きれいに切りそろえた後ろ姿は
、彼女の淑(しと)やかそうな人柄を表していた。
身長も、人ごみに隠れてしまうほどに小さく、一見すると、中学生と間違われるような、
幼い印象を受ける。
しかし、その髪と同じ色をした、黒い瞳を見た人からの、
第一印象は…。
おそらく、10人中9人は…
『うわ、こいつ気ぃ強そう…』
…そう思わせるほどに、とても強い力を放っていた。
普段、その瞳は、度の入っていない、黒ぶちのメガネで隠されており、その素顔を目の当たりにした、運の良い(いや、むしろ不幸な)人間は、家族を除くと、ごく少数しかいない。
「はぁ…。忍の奴…大丈夫かなぁ…?本人は、風邪だって言うから、大人しく寝ているように言ったけど…どうせ、きちんと寝ないでゲームでも、してるんだろうし…」
…こんな事なら、布団にでも縛り付けて置けばよかったかな…。
などと、周囲の人間が耳にしたら…確実に、一歩は距離を開けられそうな、不穏な独り言を呟くと、亜衣は再び、流れてゆく景色に視線を戻した。
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