電話

2/2
前へ
/56ページ
次へ
電話が鳴っている。 トゥルルルル トゥルルルル… せっかく久しぶりに夢も見ないくらい眠れたっていうのに、なんなんだよ。 トゥルルルル トゥルルルル 薬も使わずにこんなに穏やかな眠りについたのは、本当に久しぶりだ。 気分がいい。 例えるなら、ほら、何も予定のない土曜日の昼下がりに、見たいわけでもない映画とか見ながら、いつのまにかソファで眠っていた時のような。 トゥルルルル トゥルルルル 悪いけど今は放っておいてくれよ。 トゥルルルル トゥルルルル… ダメだ、もう目を開けることすら億劫だ。 トゥルルル… ガチャ 「メローネ?」 受話器もとっていないのに繋がった声に俺は飛び起きる。 なんだ、ギアッチョか。 それなら話は別さ。 「プロント?」 俺は受話器を耳にあてる。 「おい?聞こえてんのか、メローネ?」 「聞こえてるよ」 またイラついているらしいギアッチョの声の後ろからは、車のクラクションだとか、パトカーのサイレンだとかが騒がしく聞こえてくる。 「頼りにしてるぜ、」 メローネ、と呼ばれる名前は、ノイズにかき消される。 「悪いな、ギアッチョ」 俺は千切れたコードを指でなぞる。 「期待には応えられそうにないや、残念ながら」 この仕事をやっていて、穏やかな終わりを迎えられるなんて思っちゃいなかったし、みんなに見守られるなか眠るように、なんてナンセンスだ。 「…、……!!」 「うん、ごめんね」 ギアッチョは受話器の向こうでまだ何か言っているのだけど、ノイズがひどくてもう聞き取れない。 俺はひとりで苦笑して、だけど繋がってもいない電話を切る気にもなれなかった。 「…なあ、」 女々しいね。 未練だとか、やり残したことだとか、そんなことには正直たいして興味も無いのに。 途切れ途切れのお前の声に、必死で耳を傾けている。 「ディモールト グラツィエ」 おやすみ、ギアッチョ。 それから、叶うなら リヴェデルスィ。 今までどおりまた明日。 笑いを含めてつぶやいた言葉は、どこにも届くこともなく、ただ足元に散らばった。 プツン、 ツーツーツー… 電話が、切れた。
/56ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加