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かつて翁には、道男の両親である義太郎夫妻から長時間の説教を受けた前科があった。
それはある日、北海道大学まで剣撃部(現在の剣道部)の学生に招かれて行った時のことであった。
「父上、もう年なんだから止めてください。」
「お父様の体に障りますから行くのは止めてください。」
「おじいさんあまり無理をなさらないほうがいいと思います。」
『お願いですから止めてください。』
こんな感じで家族全員に反対されたのだが、翁は…
「煩い。自分の体のことはこの自分が一番よく知っているわい。皆がいうほど老いぼれていないわ。心配なんかせんで結構。」
「でも…「先生、剣撃部員が杉村先生が来るのを凄く楽しみにしております。」
家族中で、なかなか進まない話に痺れを切らした様子の一人の学生が声をかけたことによって、翁は家族から解放された。
「…ああ、すまんな。なんせ、うちの家族のもんが心配して家を出るのをうんと言わんものだから準備が遅くなったわい。」
「…それではご家族の皆様方、杉村先生をお借りいたします。」
「それでは皆のもの留守を頼むぞ。」
学生が声をかけてくれたお陰で、ようやく自分の意見が通った翁は、晴れ晴れとした笑顔で家族に向かってこう言った。
家族は、心の中ではまだ大学に行くのを認めていないが、翁の言っても聞かない生活を知っていたために渋々翁を見送るしかなかった。
『行ってらっしゃい。』
2人が出て行った後―
「…何事も無ければよいのですが…。」
「あまり、無茶をしてくれなければいいけど…。」
『はあ~っ』
その頃道中では…
(北海道大学の剣撃部がどんな稽古をしているのか興味あるのう。一丁、部員に剣の稽古をつけてみるか。わしかって稽古は毎日かかさずしているし、剣の腕だって落ちていないはず。まだまだ、わしも若いもんには負けることはないわ。…本当に若かりし頃の武者修行を思い出すわい。)
家族全員の心配をよそに意気揚々と翁は学生と共に北海道大学に向かっていった。
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