一ふり

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  「とーきー!」 ある朝早くに町中にある特に何の変哲もない民家から大きな声が響いた。 同時にバタバタと走る音も聞こえる。 その音をある部屋の一室で聞いていたのが二人。 一人は椅子に座っており、もう一人は机を挟んで立っている。 「…近所迷惑な奴だな」 そう言ったのは立っている方だ。 クセのないぬばたまの黒髪は腰まであり、それを結わずに背中に垂らしている。 湯浴みでもしたのだろう、髪は濡れていて、まさに烏の濡れ羽だ。 切長の瞼に包まれた黒燿の双眸は深く淀みがない。 一見、美しい女性にも見えるがれっきとした男である。 しかし、男というにはまだ顔に幼さが残っており、身長もやや低めで、男よりも少年と呼ぶ方が正しいだろう。 少年の言葉にはやや棘があり、形の良い眉はひそめられ眉間には深い皺が刻まれている。 「まあ、元気があって良いじゃねぇか」 苦笑しつつ、少年をなだめるのは椅子に座った男だ。 輝かんばかりの金髪は肩につかない程度にざんばらに切られており、無造作に遊ばせている。 アーモンド型の瞼の奥の鳶色の瞳は意志の強さが伺える。 体格はしっかりとしていて大きい。 彼を見た者は皆、獅子を思い浮かべるだろう。
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