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「あ、私そろそろ帰んないと」
話題を変えるためだろう。坂村さんはそう言って、ベンチに置いたままだった鞄をいそいそと取りに向かった。
僕は、坂村さんの姿を目で追うわけでもなく、ただ立ち尽くしていた。動けなかった。
――このままで良いわけがない。なんとかしなきゃいけない。
そう言って突き動かす何かがあって、
――自分はただのクラスメートだ。小さい存在だ。自分たった1人の力じゃなにもできないんだ。
そう言って突き動かす何かを踏み留める別の何かがある。
僕は、その両者の間で揺れていた。
「じゃあ川越君、また明日、学校でね」「え、あ、うん」
「あ、あと転校の事、まだ誰にも言ってないから、秘密だよ?」
「え、あ……うん」
同じような言葉しかでなかった。
坂村さんは、じゃあね。と手を振って僕に背中を見せ、歩き出した。
何故か、もう坂村さんと会えないような気がした。明日は学校だ。別に気にせずとも、普段通りに行けば、たとえそれが嫌だとしても会えるはずである。そのはずなのに、思いは拭いきれなかった。
――なにもできないんだ。
踏み留める何かがまた僕に言った。
――たった1人の力じゃ、なにも……
次第に声が大きくなってるような気がした。
そうだ。僕なんかに何ができる?
自分自身に問いかける。僕は逃げようとした。黒いもやから、息苦しい状況から。
そうさ、僕ができる事なんてたかが知れてる。坂村さんに何をする事もできないんだ。
最後の方は否定したい本音を押し切って言い聞かせた。そうだ。僕なんかじゃなにもできない。僕なんかじゃ……
――本当に?
――ドクンッ
心臓の鼓動が、やけにくっきりと、大きく聞こえた。
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