第3話:重いドアの先

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固く鈍い銀色に光る鉄の大地を、小さな足が踏みしめた。 カンと小さくも甲高い音を立てて、鉄の大地は自分の上に何かがあることを知らせる。 1秒程の間隔でカン、カンと甲高い音はリズムを刻む。 そして鉄の大地、つまり甲板のほぼ中心のあたりで、その音は止まった。 そこに立っていたのは少女だった。身長と顔立ちから見て、高く見積もっても恐らく17、8歳ほどであろう。 その少女が、起立している場所から外の風景をまじまじと眺める。 右に広がっていたのは、透き通った青い海だった。永らくこんな風景を見ていなかった少女にとっては、感嘆などという一言ではとても言い表すことのできない、懐かしさと嬉しさがある。 次に左に視界を写す。コンクリートで広がる港は、今自分が乗っている船の他にも2隻停泊している。 下の方では、カップルや家族連れなど、老若男女多種多様な人間がいる。 右は青、左は灰色、そして上には太陽から降り注ぐ眩いばかりの白。 決して絵にはならない。しかし、少女にとってはこの上ない素晴らしい、そう思える景色。 あと何年、こんな風景を見ることができるのだろうか。 5年……1年……もしかしたら明日にでも、自分は目を開けられなくなるかもしれない。この世から脱落してしまうかもしれない。 自分が生きているうちに、「約束」は果たせるのだろうか…… そこまで思ってハッとなり、少女は考え直した。 そうではない。果たせるまで生きなければならない。例え果たした先にあるものが、再び牙をむく「死」であっても………。 少女は両手を目一杯に広げた。 広げた手で、体全体で、流れを感じ、 「うん、良い風」 一言だけ呟いた。 まもなく、船が出航する。    
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