第1話:3枚のチケット

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 僕が住んでいる町の中心部からやや北、比較的大きな住宅街に、周りとはひと昔ほど年期の入り方が違う一軒家がある。その家の玄関には「川越」という表札がかけられており、僕はその家の一人息子「川越 悠輔」というわけだ。 ある日曜日、僕が親父と居間で特に興味のないバラエティ番組を見ていると、前触れなく親父の口が開いた。 「おぅ、悠輔」 「ん?何だよ」  最初はどこにでも起こりうる、普通の会話だった。学校はどうだとか、友達とは上手くやってるかだとか、親父のような奴でも一応は僕の親なので、そんな事をたまに聞いてくる。  確かにうざったく思うときもあるが、向こうも必死で我が子とコミュニケーションをとろうとしているのだ。滅多なことがない限り、僕は親父との会話はまぁ、軽く聞き流す程度にやっていた。  しかし、この時は流石に聞き流す事ができなかった。 「なぁ悠輔、お前、春休み旅行行きたいとか思わねぇか?」  切り出し方が唐突だった。さっきまで成績の話をしといたのに。 「旅行?」 「あぁ、旅行」 「そんな事言ったって、うちにそんな余裕ないだろ。大体、春休みまであと5日しかねぇじゃん。計画立ててないのに、そんな一長一短で行けりゃ苦労しねーって」 「いや、それが行けるようになったんだよ。ほら、これ見てみろ」  そう言って親父は僕に例のチケットを渡した。驚いて、こんなものどうしたんだと聞くと、親父は自慢気になって答えた。 「いや、会社の忘年会で抽選会があってな。偶然当たっちまったんだよ、特賞が」  なるほど、こんな事で運を使ってしまうから、親父は幸が薄いのか。そう思っていたが、違った。 「いや、俺は2等賞のうまそうな芋焼酎が欲しかったんだがなぁ」  親父はホントに悔しそうだった。流石は九州男児。旅行より芋焼酎とは。まぁ僕も九州男児な訳だが。つまり親父にとっては、この当選すら不幸の1つと言うわけだ。  だが、僕にとっては、幸運な事だ。旅行チケットがただで貰えたんだ。しかも一人旅ならまだしも、グループチケットとは。  その日ばかりは親父に、いや、親父の不幸に感謝した僕がいた。
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