第3話:重いドアの先

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上に蒼と白、つまり空と雲が。 下に鈍い銀、つまり船の甲板が、それぞれぼくの視界を埋め尽くさんといっぱいに広がっている。 だが、 僕の焦点はそのどちらにも定まりはしなかった。 自ら光る二色と、その光を照り返す一色。その間、その境界に。 まるで橋を立てかけるように。 漆黒が、そこにあった。 どちらにも属しないその色は、他の彩りをすべて無に帰す純粋な黒。 その黒が、朝方に吹く風に、撫でられるように右往左往する。 それを見て、僕はようやくその黒の正体に気付いた。 あれは髪だ。 純粋すぎる漆黒は、僕の頭にもちゃんと生えている、だだの髪の毛。それなのに、僕の視線はさっきからそんな髪から反らせないでいる。それほどまでに見たことのない、美しすぎる黒だった。 瞬間、右から強い風が吹いた。漆黒の髪は、今までになく大きな揺れを見せた。 髪が大きく左に流れたことによって、僕はその奥の、漆黒の髪の持ち主の後ろ姿を垣間見た。 華奢なボディライン、スカートから覗かせる小さな足、漆黒とはまるで対照的な純白の肌。 間違いなく、女の子だった。 風がやむ。右からの力を失った髪は、まるでカーテンのように自分の主人を漆黒で覆う。 それでも、僕は顔を動かす事ができなかった。動けなかった。波が船にぶつかる音が聞こえていなければ、僕はきっと時間が止まっているのではと錯覚していただろう。 見とれていたのだ、僕は。漆黒の髪に。その奥の彼女に。 船酔いとか、重かった扉とか、海と空のコントラストとか、親父が最後に言った言葉とか、健と坂村さんとか。それらをすべて、まるで記憶喪失でもしたかのように、頭では考えず、ただただ彼女に魅入っていた。 そんな僕が我に帰るのに、あまり時間はかからなかった。    
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