第3話:重いドアの先

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「久しぶり。会いたかった」 その言葉を聞いて、僕の心臓はさっきまでけたましく跳ね続けていたのがまるで嘘のようにピタリと止まった。 彼女しか見えていなかった視界が一気に広がって、海とか空とか銀色に鈍く光る甲板とかが、カメラレンズの倍率を下げたみたいに一気に広がった気がした。 何も聞こえていなかった耳に、瞬間的にビュウビュウと風が舞う音が入ってきた。 だけど、体の自由だけはどう足掻いても戻らなくて、逆にどんどん鎖で拘束されていくようにガチガチに固まっていった。 彼女は僕に笑みを見せた。僕は彼女に笑みを返せなかった。 彼女は一歩、二歩と僕に歩み寄った。僕は彼女の方に足を進めるどころか、後ろにたじろぐ事も出来ず、ただそこに突っ立ったままだった。 何も言い返す事ができず、何の行動にも移せないまま、それでも思考だけがぐるぐると僕の脳内を走り回っていた。 痛かった。でも、何がどう痛いのかは分からなかった。どこかを怪我したような直接的な痛みでも、チクチクとした、まるで良心が黒い靄に犯されるような痛みでもなく、だけど、そんなそれらの痛みがどうでも良くなるくらいに、痛くて苦しかった。 そして、 気づけば彼女はもう僕の目と鼻の先に立っていて、 嬉しそうな、 けれども悲しそうな、 それでいて、何かを決意したような、 そんな表情をしていた。 けど、彼女が僕にそんな表情を見せたのはほんの一瞬で、すぐに顔をうつぶせ、次に僕に顔を見せた時には、彼女は満面の笑みを見せてくれていた。 そんな彼女を見て、喉から何かがこみ上げてきたのに、僕はそれを吐き出すことができなかった。
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