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「新さん!」
高良が呼んでいる。その場所は、あの池田屋で。狭い空間に飛び散る血潮と立ち込める匂いにむせ返りそうだ。
高良がこちらを見ずに立っている。整然と背中を向けて永倉の前に。その目線の先にまた狡猾に高良を睨む青い髪。
簾藤と対峙した時だろうか…永倉自身は手を斬られていた。仲間を庇うように戦っていた高良を自分はただ見ているそんな夢だ。
倒れている平助に、血を吐いている沖田、絶命している佐々木愛次郎…
高良はその前から決して動かなかった。手助けしたくとも永倉の手と足は微動だにしない。
(動け…)
池田屋かと思っていたら夢だからだろうか、場面はテンポよく変わっていく。
遊郭で高杉と対峙し、高良が撃たれた時。鉄之助を庇って背中を斬られた時。山南を逃がす為、隊規を犯した時。平助を失った時。芹沢の最後を見てしまった時。そして、甲州勝沼の戦い…簾藤に殴られ、斬られる姿を隊の後方から見ていた時。それは全て高良の事……。
(あんなに近くで見ていながら…)
今度は彼女と会って間もない頃になる。長い髪が揺れている。泣いている高良が立っている。足元の死体が体の自由を奪うあの夢だ。やはり、近づくことができない。そのまま高良は自分の首に刀を当てて引き裂くあの夢。最近はパタッと見なくなっていたのに。
声が響く。
「お前にあいつは救えない。」
今なら分かる。
(救うなんておこがましい。救えなくとも、あいつの隣にただ居たい。その為に…この戦を。)
永倉はゆっくりと目を覚ます。木々の生い茂る林の中である。木に持たれた体を起こし、抱えていた刀を帯にねじ込み、辺りを見渡す。現実にほっとしたのか、長いため息が出た。
甲州勝沼の戦い以後、新撰組を離れ幾日経っただろうか。
松前藩脱藩の芳賀宜道は永倉と同じく神道無念流の同門である。新撰組を離れ、かつての友を頼った。彼を中心に諸藩脱走者・旗本ら、新選組離隊者などで構成される決死隊、靖兵隊を作った。
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