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高良は船の上から対岸を見ていた。明かりの無い静まり返った風景である。
「こんなに遠くに来てしまったのですね。」後ろで刀を抱えて眠る鉄之助にそっと毛布をかける。
仙台に渡った高良一行は海軍の総裁榎本武揚率いる旧幕府海軍と合流した。そこで榎本と共に奥羽越列藩同盟の軍議に参加した。
状況は悪く、奥羽越列藩同盟自体が崩壊し、次々と新政府軍に降伏している有り様。
「転戦してでも…戦う場所があるなら戦うべきだ。」榎本と共に最後まで戦う姿勢を示した土方は、新選組生き残り隊士数名と同意した諸藩藩士らを加えて太江丸に乗船。
仙台から10月に出航し、蝦夷地を目指していた。
後ろに気配があり、振り向くとキセルを燻らせる土方の姿があった。軍服に身を包み、以前の着流しのしなやかさはないが凛々しく歩いてくる。高良にも支給された軍服があったが、着物と袴が一番機動力があることからそれを断り、いつも通りの薄汚い袴である。
「海を見ていたのか。」
「はい、随分遠くまで来ましたね。」
「…山崎達と残った方がよかったか。」土方は目線を合わせようとはしない。海を見ながら今更な事を言う。
「置いてきたかったのですか?」
「…分からねぇ。」
「私の行く道を貴方に決めてもらおうなんて思いません。何度も言っているではありませんか。私の意志でついてきたのです。」
「……榎本が言う蝦夷での建国が、この戦の最後の砦だ。」
「これに勝って、貴方は一体どうされるのです。天下布武でも成し遂げますか?」高良は挑戦的に土方に言う。不意に目が合う。
「天下なんていらねぇさ。」高良の頭を撫でる。
「俺は……今更ながらに我を通しただけだ。お前達部下には申し訳ないが、近藤さんの意思を継いでんのは俺だからな。」
「……」
「一つ約束しろ。」
「なんです。」
「この戦に勝っても負けても、これが終わったら、俺を助けなくていい。」
「何を言って…」
「この戦が終わった時が、家康から続いた時代が終わる時なんだよ。…永倉の所に必ず戻れ。」
「…そんな心配は無用ですよ。土方さんがなんて言おうと、貴方が生きている限り部下としてついて行きます。」
「何故俺にこだわる。永倉ではなく、俺に。」
「…貴方が新選組そのものだから。」
「もう、新選組なんて近藤さんが居なくなった時に崩壊しかけていただろう。」
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