21.蝦夷五稜郭に散る

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10月の秋の風が吹く頃、土方らを乗せた船は蝦夷地鷲ノ木に上陸した。 「まずは五稜郭だ。」 土方のその言葉の通り、土方歳三らは旧幕府家臣団による蝦夷地の開拓の嘆願書を出し、進軍する。土方と大島圭介が二手に分かれ進軍。すでに敗走して空となった五稜郭に入城し函館を占領。箱館市街を高良率いる元新撰組が市中を見回り、取り締まるようになった。 「鉄君、寒くはない?」 「はい、このくらい平気です。心配性ですね。」 「会津よりも蝦夷がこんなに寒いなんて知りませんでしたよ。」 「そうですね。」 「五稜郭に入ったばっかりだけど、明日には松前に攻め込むらしいですからね。体、大事にしないと。」 「松前といえば、永倉さんの古巣ですね。」 「……そうなんですね。」 「知らなかったのですか?」 「私が知っているのは、新選組での新さんだけですから。試衛館にいた時の事も、松前を脱藩した時の事も知らないんです。」高良は白い息を吐きながら前を歩く。 松前は明治政府軍の拠点の一つだ。日本の最北端の居城を持つ最も栄えている町である。元来蝦夷地にて領土を守ってきた松前藩は北の要所、新政府軍の反撃拠点となってしまう。 「松前城攻略は蝦夷を手中に治める為の要です。ここを陥落せずに蝦夷を制することはできません。」 「はい。」 「土方さんが考えた策に不可能は無いと信じています。」 「同盟藩の動きや各部隊も気になるところです。」 「はい、烏合の衆には変わりありませんから、陣頭指揮をする土方さんの腕にかかっています。」 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 翌日 松前福山城 仕官隊、彰義隊、遊撃隊、陸軍隊、衝鋒隊、額兵隊、工兵隊からなる約700名の部隊を編成し、松前藩を目指す。 来航する異国船を配し、三の丸に複数の大砲を要した松前福山城は背後の山を利用した検漏の城だが、城の防壁が小さい事に土方は目を付けた。 「部隊を二手に分けた。中山峠を越えて一隊が函館攻略に向かっている。こちらは籠城をさせないように徹底的に防壁の隙を突く。」 松前藩は徹底抗戦の構えを見せ、海上からの援護射撃もあったが土方の策が功を奏し、戦闘は数時間で終結し、松前藩は城下に火を打ち、敗走。 近接的な武器を使う高良が働くことなく、松前福山城を制圧したのである。
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