21.蝦夷五稜郭に散る

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「函館だけになったか…」 「はい。」本陣で地図を広げる土方。戦況とは裏腹にその目は爛々としている。 「高良…頼みがある。」 「なんでしょうか。」 「…鉄之助をここから出す。退路の確保を手伝ってくれ。」 「…はい。」 高良は土方の言葉を聞くと、鉄之助の退路を確保しに走った。箱館からの幹線を断たれ、五稜郭と函館市内の各砦だけになってしまった今、土方は鉄之助を兄の佐藤彦五郎の所に逃がそうとしていた。高良も土方の思いを汲んで、それに従ったのである。 退路を確保し、土方が指揮する本陣へ戻る。幕から中には入らなかった。鉄之助の泣いている声が聞こえる。土方からは静かな言葉が紡がれている。 「男がそんな情けない顔をするな、行け。」 高良はそっと幕を上げて中に入る。鉄之助の手には土方が佐藤彦五郎に宛てた手紙などが握られている。 「…行って参ります。」 高良は何も言わずに鉄之助の頭を優しく撫でた。深々と頭を下げた鉄之助が走り出す。 「……土方さん、本当は鉄も連れて行きたかったのではありませんか。」高良は土方の傍に近寄りながら彼の顔を窺う。 「あいつはまだ伸びる。こんなところで死なせてたまるか。」土方の顔は父親のような厳しい顔つきだった。 「……はい。」市村鉄之助を見送った翌々日、慶応4年5月11日。 函館は二方が海、一方が海に突き出た函館山、もう一方が平野になっている地形。新政府軍が函館に総攻撃をしかけるという情報通り、海面、陸面全てから新政府軍の兵が押し寄せてきた。
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