信長と帰蝶

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「……!」 道三は、そんな信長に対して一瞬目を細めた。 息子の義龍はただ信長に敵対心を抱き、さすがの帰蝶もこれには驚いた。 さっそく無礼を働いた信長に、信秀は声を荒げて信長を諌めた。 「こ、これ信長! 何だその無礼な態度は!」 信長は信秀に目をやると、ニヤリと笑い足を戻して胡座をかいた。 「いやこれは失礼しました。 道三様が足を崩してよいと申されたので、つい気を抜いてしまいました」 (こやつ……やはり単なるうつけか……?) だが同時に道三は、自分を睨んだ信長の眼がとても鋭く、かつ何かをやってくれそうな事も肌で感じた。 帰蝶はその状況に傍観を決め込んでいたので、あえて自分からは何も話さなかった。 「まあ信長殿がくつろげる態勢でよいぞ。さて、信秀殿。 この婚姻を気に、わしはお主との禍根を取り除きたいのだ」 実は、この前年、信秀は大軍をもって稲葉山城へと進軍していたのだ。 だが道三は籠城に徹し、疲弊した織田軍は遂に難攻不落の稲葉山城を落とすことは出来なかった。 このため、お互いの勢力は侮りがたく、道三にとっても何とか講和へと持ち込みたかったのだ。 「無論、わしとて同じ考えだ。 道三殿とは何度か刃を交えたが、この稲葉山城と道三殿が居る限り、斎藤家には敵いそうもありませんからな」 信秀の言葉に、義龍の眉がピクリと動いた。 もし道三が亡くなれば、家督を継ぐのは義龍である。 そのため、自分の代になったら織田は条約を反故にするのだろうか。 そういった疑問が、義龍の中に芽生え始めていた。 「では道三殿、帰蝶殿は我々が責任を持ってお預かり致しますぞ」 すると道三は、胡座のまま手を付いて頭を下げた。 城主であり権力者でもあろう者が頭を下げるなど、この時代には有り得なかった。 「と、殿、一城の主がそんな事をなされては……」 「黙れ。 わしは城主として言っているのではない。 娘の門出を祝う、1人の父として言っておるのだ。 信長殿、娘を……くれぐれもよろしく頼む」 「……確かに」 帰蝶も道三に習い、深々と頭を下げて口を開いた。 「至らない部分もあるかと思います。 しかし、この帰蝶、信長様の正室として、骨身を尽くす所存です」 「俺の方こそ、よろしく頼む」 こうして婚姻式という名の会見は終わり、帰蝶は籠に入れられて尾張の地へと出て行った。 しかしその懐には、道三から託された短刀がしまわれていた。
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