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帰蝶にとってみれば、まだ信長の顔すら知らない為、正直不安はあった。 戦国時代において政略結婚が普通の事であったとしても、やはり女からしてみれば人質に行くようなものである。 さらに、信長は世間から「尾張の大うつけ」と罵られている。 あれこれ考えを巡らせた帰蝶は、道三に決意を告げた。
「お父様、私とて戦国乱世に生まれた女。 相応の覚悟は出来ております。 命があれば、何なりとお申し付け下さい」
道三は、厳しくなっていた顔をさらにしかめ、部下に命じて短刀を持ってこさせた。 丁寧に研がれたであろうその刃は、暗い座敷で輝いていた。
「帰蝶、お前は明日、織田家に嫁いで行く。 これは無論、斎藤と織田の同盟を意味する。 信秀の代なら、織田も暫くは安泰であろうな。 だが、お前が嫁ぐ信長は大うつけと言われておる」
「はい、この美濃の地にも伝わって来ております」
「そこで、お前にある事を命じたいのだ」
「と、申しますと?」
「もし、信長が本当に噂通りの大うつけならば……この短刀で信長を斬るのだ」
この命は、帰蝶も予期はしていた。 道三が短刀を持ち出した時点で、自分が誰かを斬る事になることも感じ取っていた。
帰蝶は短刀を受け取ると、刃をじっくり眺めながら、柄を持って道三に刃を向けた。 側に居た部下達は驚いて刀を抜こうとしたが、道三がそれを制止した。
「帰蝶、何のつもりだ」
「命は確かに受け賜りました。 しかし、信長が本当はうつけではなかった時……この短刀は、お父様の血を吸っていることでしょう」
これを聞いた道三は、怯むどころが急に大笑いして帰蝶の顔を覗き込んだ。
「ハッハッハ、その意気だ! さすがはわしの娘よ……頼んだぞ」
道三は帰蝶の肩に手をかけると、また大笑いした
帰蝶は貰った短刀を見つめながら、決意を新たにし、自分の座敷へと戻って行った。
その頃織田陣営では、会見前夜という事もあり信秀と信長の話し合いが行われていた。
「うつけと呼ばれているお前も、遂に結婚か……。 長かったようで早いものだな、信長よ」
「これも一重に、父上が織田家を思うが故。 私は、それの一翼を担うだけです」
「それも大きな力となってくれれば、わしの尾張統一、そして今川にも負けはせん。 これで、斎藤家との仲は約束されたようなものだからな」
信秀の機嫌は上々だったが、何故か信長の表情は雲っていた。
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