路地裏天使/夢

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路地裏天使/夢

   月は見えない。  ひび割れたコンクリートに挟まれた路地裏。  すすり泣く声に誘われる。  荒らされたごみバケツ。  その脇にある塊に気づき、立ち止まる。  泣いているのはその塊。  膝を抱えた少女のようだ。  震える小さな肩の後ろに、白い何かが見えている。  私は訊ねた。 「どうしたんだい?」  少女は顔を膝にうずめたままで、小刻みに二度息を吸い込んだ。 「お家に帰れないの」  震える声で少女が呟く。  背中の白いモノが僅かに動いた。  ゆっくりと膨らみ、伸びていくそれは、次第に姿をあらわにし。  やがて、完全に広がったそれを見て、私は短く息を呑む。  それは大きな二枚の翼。  夜に呑まれることもなく、闇に浮かぶ真っ白なそれが、少女の背中から生えている。 「こんな姿では、お父様に叱られてしまう」  気付けば、少女は顔をあげていた。  青い瞳。無垢な肌。  涙で濡れた左の頬に、金の髪がかかっている。  天使のようなその姿に、私はしばし心を奪われる。 「お願いです。この翼を取るのを手伝って下さい」  せっかく綺麗なのに。  この姿を見て叱る者などいるのだろうか。  私はそれに触れたくて、そっと右手を指し伸ばす。  少女の身体が一瞬跳ねる。  怯えているのか。  私は触れるのを諦めて、かわりにコートのポケットからタバコを取り出した。  一本くわえて、安いライタで火をつける。  有害物質で肺が満たされ、気持ちが少し落ち着いた。  心には僅か有益らしい。 「条件がある」  煙に次いで言葉を吐き出す。 「その翼が無事に取れたら、それを私に預けて欲しい」  その言葉を聞いて、少女は軽く目を伏せた。  しばらくそのまま、何かに悩むように沈黙した後、再び顔をあげた少女は私を見据え、静かに頷く。 「契約成立だな」  私は、少女に手を差しのべて立ち上がらせると、翼の上からコートを被せ。  共に、暗い路地裏を後にした。  
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