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「これはなんですか?」
某ビル二階の事務所の一角。
スカートの短いスーツを着た西澤が、壁を睨みながら訊ねてきた。
コンクリートが剥き出しの壁には、つい先日、私が手に入れたあるモノが飾られている。
時刻は午前11時。
私が淹れたての珈琲で、インスタントなアロマテラピーを楽しんでいたときのことである。
「なにって……見ての通り剥製だけど?」
答えてから私は、珈琲を一口だけ含んだ。
「それは解りますが、一体なんの剥製ですか?」
「見ての通り翼だよ」
「それも解ります。私が訊ねているのは、そういうことではなくて……」
西澤は憮然とした表情でこちらを睨み付けている。シャープなフレームの眼鏡の奥に窺える眼差しは猛禽類のそれ。うっかり隙を見せたら食い付かれそうだ。
彼女が訊ねているのは、壁にワイヤと木の枠組みで固定されている、真っ白な一対の翼のことである。大きさはそれぞれ、幅と高さが一メートル程はあるだろうか。緩くたたまれた状態で剥製にされているため、広げればさらに場所を食うことは間違いない。
普段お目にかかれる鳥類のそれと比べるとかなり大きなサイズであるので、一体なんの翼であるか、と疑問に思うのも無理はない。
「ああ、鳥の種類を訊いているのなら無駄だよ。私も知らないから」
それは嘘だ。
だが恐らく、本当のことを言ったとしても信じられまい。
ならば、どちらにせよ西澤にとっては嘘にしかなりえないので同じこと。むしろ、知らない方が記憶領域が侵されずに済むので、幾分マシかもしれない。
それから十数秒の間、西澤は鋭い視線をこちらに向けていたが、私が一切の反応を示さなかったので、諦めたように目を伏せて溜め息をついた。
「……まあ、いいでしょう。そんなことよりも今日の予定についてお話しましょう。その方が建設的です」
「切り替えが早いね」
「ええ、きっとどこかの秘密主義者様のおかげでしょう」
「それは誰のことだろう?」
しかし、それに対する回答は得られなかった。
西澤はクリップで留められたA4サイズのコピー用紙2~3枚分の資料を淡々と読み上げる。
ちょっとした仕返しのつもりかもしれない。意外とお茶目だ。
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