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西澤が読み上げた今日の予定は、相変わらずであった。
仕事は四件。
犬の散歩二件と、引っ越しの手伝いが一件。あとの一つは、話し相手になってくれという依頼だ。
まるで統一感のない内容であるが、犬の散歩に関してはお得意様。最後の一件については、依頼してくる人物は毎回違うものの、ほぼ週一のペースで予定に入っている。依頼主は大抵、独り暮らしの老人だ。
話し相手になるだけで老人から金を取るとはけしからん、と思う向きもあるかもしれないが、需要があるのだから仕方がない。一応、料金は全て相手にお任せしている。
半分趣味でやっているような便利屋なので、案外なあなあな部分も多い。
確か、表には『探偵』の看板を出していたような記憶もあるが、その手の仕事は受けたことがないので気のせいかもしれない。
今まで受けた中で唯一、それらしい内容のものといえば、行方不明になったチワワの捜索ぐらいだが、それも二年前の話。しかも、チワワは勝手に帰ってきた。
そのとき西澤が見せた愕然とした表情は、未だ記憶に新しい。
ちなみに、西澤は助手である。助手の必要性を訊ねられると非常に困るのだが、創業以来ずっと助手なのだから仕方がない。
詳しい話は割愛するが、元々そういう契約で始めた事務所なのだ。ここは。
「じゃあ、とりあえず犬の散歩からでも始めようかな」
「どうぞご自由に」
このやり取りもお決まりのパターンだ。そろそろ変化が欲しいところである。
私は飲み干した珈琲のカップを片付けて、作業着に着替える。犬の散歩から、そのまま引っ越しの手伝いへとスムーズにシフトするためだ。
西澤は留守番。
その日の仕事が全て私一人で間に合う場合は、西澤は出動しない。これは、いつの間にか定まった、暗黙のルールというやつである。特に不満もない。
私はスニーカーを履いて、事務所の出入口へと向かう。接客用のソファでは、既に西澤が珈琲タイムに突入していた。
重ねて言うが、特に不満などない。
私は、涙が溢れないように上を向きながら、一人静かに、名前ばかりの探偵事務所を後にした。
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