480人が本棚に入れています
本棚に追加
路地裏天使/夢
月は見えない。
ひび割れたコンクリートに挟まれた路地裏。
すすり泣く声に誘われる。
荒らされたごみバケツ。
その脇にある塊に気づき、立ち止まる。
泣いているのはその塊。
膝を抱えた少女のようだ。
震える小さな肩の後ろに、白い何かが見えている。
私は訊ねた。
「どうしたんだい?」
少女は顔を膝にうずめたままで、小刻みに二度息を吸い込んだ。
「お家に帰れないの」
震える声で少女が呟く。
背中の白いモノが僅かに動いた。
ゆっくりと膨らみ、伸びていくそれは、次第に姿をあらわにし。
やがて、完全に広がったそれを見て、私は短く息を呑む。
それは大きな二枚の翼。
夜に呑まれることもなく、闇に浮かぶ真っ白なそれが、少女の背中から生えている。
「こんな姿では、お父様に叱られてしまう」
気付けば、少女は顔をあげていた。
青い瞳。無垢な肌。
涙で濡れた左の頬に、金の髪がかかっている。
天使のようなその姿に、私はしばし心を奪われる。
「お願いです。この翼を取るのを手伝って下さい」
せっかく綺麗なのに。
この姿を見て叱る者などいるのだろうか。
私はそれに触れたくて、そっと右手を指し伸ばす。
少女の身体が一瞬跳ねる。
怯えているのか。
私は触れるのを諦めて、かわりにコートのポケットからタバコを取り出した。
一本くわえて、安いライタで火をつける。
有害物質で肺が満たされ、気持ちが少し落ち着いた。
心には僅か有益らしい。
「条件がある」
煙に次いで言葉を吐き出す。
「その翼が無事に取れたら、それを私に預けて欲しい」
その言葉を聞いて、少女は軽く目を伏せた。
しばらくそのまま、何かに悩むように沈黙した後、再び顔をあげた少女は私を見据え、静かに頷く。
「契約成立だな」
私は、少女に手を差しのべて立ち上がらせると、翼の上からコートを被せ。
共に、暗い路地裏を後にした。
最初のコメントを投稿しよう!