第一章

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「椎奈、元気そうでよかったねー」 あそこんちの紅茶、相変わらずめっちゃうまい、と笑うゆうに、そうだね、と返す。 外はすっかり茜色の面影を失くして、闇に支配されていた。時々きらめく星が綺麗、と柄にもないことを思ってみる。 そういえば、椎奈の家で携帯の電源を切っていたなぁと思い出す。 通話ボタンを長押しして、起動し始めた途端に鳴り響く着信音。 「おわ、やばい」 ディスプレイに表示されたのは、百合香の名前だった。 そーいや、今日は再婚相手が来るとか言ってたなぁ。正直めんどくさい。 きっとメールの受信も、着信履歴も百合香で埋まっているんだろう。 「…いいや。」 ぶちっとまた電源を落とす。今出ても、帰ってからでも、言われることは同じだから、それならできるだけ後の方がいい。 あの女の小言はねちねちと長ったらしいのだ。 鞄に携帯を押し込んで、こっちを窺っているゆうに苦笑する。 「どしたの?出なくていいの?」 「うん、いいの。」 かえろっかぁ、と吐いた息が白く濁った。 今日はずいぶんと冷え込んでいるなぁ。こういうときばかりはスカートの短さを恨めしく思う。 空を見上げると、月がまあるく真上にあった。良い夜だな、とぼんやり思う。 椎奈と会った日は、まるで優しく心の扉を開かれたような感覚に陥るのだ。 世の中のすべてが優しくて、あたたかく感じる。 「今日は、月が綺麗だねー」 あはは、と寒さで鼻を赤くしたゆうが笑った。 睫毛がゆれて、きゅうと細められた瞳が街灯に反射して光る。 同じ気持ちを、誰かと共有するのはなんて楽しいことだろう。 「うん、綺麗だね」 頷いて、一緒に空を見上げた。 歩けど歩けど月は同じ大きさで、まるで着いてくるみたい。 今日は少しだけ、遠回りをして帰りたいなぁ、と思った。
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