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「椎奈、元気そうでよかったねー」
あそこんちの紅茶、相変わらずめっちゃうまい、と笑うゆうに、そうだね、と返す。
外はすっかり茜色の面影を失くして、闇に支配されていた。時々きらめく星が綺麗、と柄にもないことを思ってみる。
そういえば、椎奈の家で携帯の電源を切っていたなぁと思い出す。
通話ボタンを長押しして、起動し始めた途端に鳴り響く着信音。
「おわ、やばい」
ディスプレイに表示されたのは、百合香の名前だった。
そーいや、今日は再婚相手が来るとか言ってたなぁ。正直めんどくさい。
きっとメールの受信も、着信履歴も百合香で埋まっているんだろう。
「…いいや。」
ぶちっとまた電源を落とす。今出ても、帰ってからでも、言われることは同じだから、それならできるだけ後の方がいい。
あの女の小言はねちねちと長ったらしいのだ。
鞄に携帯を押し込んで、こっちを窺っているゆうに苦笑する。
「どしたの?出なくていいの?」
「うん、いいの。」
かえろっかぁ、と吐いた息が白く濁った。
今日はずいぶんと冷え込んでいるなぁ。こういうときばかりはスカートの短さを恨めしく思う。
空を見上げると、月がまあるく真上にあった。良い夜だな、とぼんやり思う。
椎奈と会った日は、まるで優しく心の扉を開かれたような感覚に陥るのだ。
世の中のすべてが優しくて、あたたかく感じる。
「今日は、月が綺麗だねー」
あはは、と寒さで鼻を赤くしたゆうが笑った。
睫毛がゆれて、きゅうと細められた瞳が街灯に反射して光る。
同じ気持ちを、誰かと共有するのはなんて楽しいことだろう。
「うん、綺麗だね」
頷いて、一緒に空を見上げた。
歩けど歩けど月は同じ大きさで、まるで着いてくるみたい。
今日は少しだけ、遠回りをして帰りたいなぁ、と思った。
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