ある男の最期

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男は爽やかな風を感じながら、夕焼けの中を必死でこいでいた。 何かから逃れるように。 あぁ日が沈む。 男は自分の最も愛した日没の中、必死にこいでいた。 夜の闇を恐れるように。 太陽を求めるように。そうだ。 家に帰りさへすれば、 家に帰りさへすれば何とかなる。 男は自分の中に湧き出る黒い何かで自転車を必死にこいだ。 ―――――――――― もう日は沈み、あたりは闇の中、男はアパートの階段をかけ上がる。 いつもにまして静かな、静かな夜だ。 月の光も星の光も 男には届かない。 部屋に入り明かりをつける。 それと同時に男の中にあったわずかな、わずかな希望が闇に消えた。 自分を癒すはずの棚に置かれた写真は、 何も語りかけてこない。 自分を和ますはずの紅茶の湯気は、 ただ通り過ぎる。 それどころか男の中の黒い何かをさらに増やしていく。 机に座る。 だがすぐに黒い何かが男をしめつけ、 男は立ち上がる。 ドコにもない居場所を探して、部屋中を歩きまわる。 まるで動物園のクマみたいだ。 男はそう思って虚しく笑った。 TVをつける。 画面ではB級SF。 ただのガラクタ。 チャンネルをかえる。画面にはお気に入りのバンド、 どんなときも男を励ましてきた。 男は気付いた。 自分がチャンネルを変えようとしているのに。 リモコンを放り投げて、 男は布団を被った。 寝よう。 寝れば、寝さへすれば。 明日になって日が昇れば。 男は必死に寝ようとした。 だが目を閉じるたびに黒い何かが迫り来て男を憔悴させる。 いつしかTVの音は消えた。 遠くに聞こえる列車の音も、 迷惑な暴走族の騒音も、 人の存在を示す音は 全て消えた。 PLL! PLL! 突然鳴った電話の音。 男はすがりつく思いで電話にでた。 「もしも 男は言葉を失った。 俺は誰なんだ? 電話から聞こえる声はただの波として男を通りすぎた。 男は黒い何かに押し潰されて、全てを吐き出し、世界から消えた。
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