89人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ
「はぁ~…」
筋骨隆々とした中年の男は、目の前の光景を目にして思わず溜め息をついた。
彼の目に映るのは港の船を次々と破壊していく巨大イカ、通称クラーケンと呼ばれる怪物である。
本来クラーケンとは魚を主食としながら海中を漂う生物なのだが、時折潮の流れに乗ってこのように港街までやってきてしまうことがある。
するとヤツらは手当たり次第に近場の船を襲い、とってきた魚を根こそぎ奪ってしまうのだ。
当然、襲われた船も無事に済むはずがなく奪われた魚と修理代を合わせると被害額は相当なものになる。
かと言って人間の10倍はあろうかというイカを駆除するのは非常に困難であり、下手をしたらこちらが食われかねない。
そんな訳で此処、ウェールズ港で漁師を生業としている人々にとってクラーケンはまさに最悪の天敵となっていた。
「はぁ~……」
襲われている自分の船を見ながら再び男は深い溜め息をついた。
そう、彼もこの港街で漁業を営む者の1人なのだ。
「あ~あ、こりゃ今月もあがったりだな…
ったく、先月も一匹退治したってのにどうしてまたコイツらは嫌がらせのように来るかね…」
ボヤきつつも別段慌てた様子はなく、男は持っていた煙草に火をつけながら襲われている自分の船をボンヤリと見つめた。
「しっかし遅いなぁユーリのヤツ…」
そう言ってフゥ、と白い煙を吐き出しすと同時、後ろから若い男の声が飛んできた。
「ハンクスさーん!連れてきましたぁ!!」
その声にハンクスと呼ばれた筋肉男が振り返る。
「おっせーんだよ!もう7隻やられちまったぞ!!」
そうハンクスが怒鳴りつける先には2人の少年の姿があった。
うち1人は少年というよりは最早青年に近い。
茶色い髪を潮風になびかせながらこちらに向かって走ってくる。
体つきも良く、健康そうに日焼けした肌から彼も漁師である事がうかがえる。
対するもう1人は年の瀬12、3といったくらいの本当の少年だ。
髪が漆黒なのに対し肌は色素を欠いたように白く、幼い顔立ちの中には紅憐に燃えるような瞳が輝いている。
身につけている服も夜を落としたかのような紺色のローブで、背には小さな身の丈以上はあろうかという黒い硝子細工の杖が握られていた。
最初のコメントを投稿しよう!