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君塚耕平は、疲れていた。
すでに夜闇が辺り一面を覆い尽くしているとはいえ、空には雲の一つもなく、月は満面の笑みを浮かべてこちらを見下ろしている。
繁華街から離れた閑静な住宅街には、眩いネオンや目立ったビルの類もない。
ために、黒き帳の上に散りばめられた無数の星々もまた、はっきりとその姿を見せていた。
それらの放つ、淡く幻想的な輝き。
天上の奇跡とでも言うべき、光の空。
本来ならば、意識せずとも天を仰ぎ、その壮大な美しさに身を委ねるのが自然である。
だが、今の耕平は違った。
やや前方に上体を傾け、視線を無機質な地面に落とし、おぼつかない足取りで自宅を目指す。
それが、今の耕平であった。
理由など単純である。
疲れたのだ。
第一志望だった公立高校に入学し、古豪と呼ばれるサッカー部に入部して、はや三ヶ月。
この三ヶ月で耕平の身体に充満してきたのは、思い描いていたような青春の悦び、ではなく。
ただただ、部活動による疲労のみであった。
覚悟していなかった訳ではない。
何しろ、国立のピッチを目指している高校だ。
その練習が生半可な内容であるはずはないし、耕平とて、それを望んであの高校を選んだのだから。しかし、である。
それをおいても、疲ればかりが溜まっていく。
厳しい練習は構わない。
だが、それだけではなかったはずだ。
高校サッカーというのは、もっとこう、華々しい青春の香りに満ちたものではなかったか。
耕平の理想ではこうである。
ぶつかり合うチームメイトたち。
仲裁しチームをまとめていく君塚耕平。
幼馴染みの美人マネージャー。
苦難を乗り越えその唇を奪う君塚耕平。
立ちはだかるライバル。
颯爽と打ち破り友情を結ぶ君塚耕平。
……ところが、現実には、淡々とボールを追いかけるだけの日々が続いている。
現実と理想との剥離が、日に日にその程度を強めているのである。
ちなみに、幼馴染みの女の子など耕平にはいない。
要するに、練習による肉体的あるいは精神的疲労を忘れさせてくれるような、胸を熱くするような要素が、今の生活にはない。
だから、美しい夜空に酔いしれる余裕さえも、耕平には残っていないのである。
もっとも、帰路を歩く耕平の足取りが重いのには、もう一つ理由があったりする。
それは、家で耕平を待つ――もとい、待ち構える、家族の存在であった。
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