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室内には、熱気がこもっていた。
窓から容赦なく注がれてくる日射しを遮るために閉め切られたカーテンは、果たしてその代償に、空気の循環という大事な要素をこの教室から奪っているのだ。
しかし、それだけではない。
ペンでコツコツと机を叩く生徒。
貧乏揺すりの激しい生徒。
異様なまでに周囲の様子を窺う生徒。
そのいずれもが放つ、『何か』に向けられた恐るべき情熱は、夏の猛暑に混じって、形容し難い熱気をこの教室に生み出していたのである。
教壇に立つ社会科教師は、何やらナポレオンとナポリタンの類似性について熱心に持論を述べているが、生徒たちの目に映る彼は、さながら無声映画の登場人物と化しているに違いない。
彼らの聴力は、ひたすらに、あのメロディーを待つばかりなのだ。
そして、とうとう、その時は来た。
四限目の終わりを告げるチャイムが、校内に響き渡ったのである。
それはすなわち、昼休み開始のゴングであって。
その刹那。穏やかな少年も慎ましい少女も、荒々しく席を立っては大挙して雪崩のように教室を飛び出し、獰猛な獣のごとく先を争いながら、三階中央の階段を目指して駆け出した。
欲にまみれた亡者たちが、醜い姿で互いを押し合い、その動きを妨害せんとするのだ。まさに修羅場の廊下である。
中には、我こそは関雲長なりと言わんばかりに他人を蹴散らす猛者もいた。その圧倒的な武を前に、あるいは戦意を喪失し、あるいは勇気を奮い立たせるのだ。
そう。校舎は、今まさに戦国乱世を迎えようとしていたのである!
「……いや先輩、ドロップキックシュートって、一体それにどんなメリットがあるんすか……」
──そんな状況にあって、二年のとある教室では、ひとりの男子生徒だけが、ポツンと椅子に座ったままだった。
その上体は机に突っ伏しており、広げられたノートを、明らかに湿らせている。
「……無理無理、ライダーキックシュートとか、もはやサッカーを馬鹿にしてますよ……」
などと、寝言も漏らしていた。
やがて苦しそうにうめくと、何やらもがき始める少年。
そして、しばしの沈黙があった。
「……ハットトリックって嘘だろおいいいいぃぃぃぃぃぃぃ!!」
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