第1話/孤児、人生の転機

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 尾けられている――青年は背後からの視線に気付いていた。  ――撒くか、泳がせるか。  選択は二択だった。  青年が取った行動は前者。面倒な揉め事にいちいち関わっていたら命はいくつあっても足りない。   異臭、腐臭。  山積みされた日用品の隙間から発生する腐敗した廃棄物の異臭が鼻を刺激する。  廃棄物の山には蝿が飛び交い、野良猫や野犬が這い回っている。  薄汚れた姿の者達は異臭の山を指で掻き分け、掘り起こしていく。  そんな凄惨な景色が視界を埋め尽くしていた。  青年は顔をしかめることなどしない――なぜなら、青年にとってその光景はごく普通の、ありふれた出来事の一つであるのだから。  廃棄木材にバラック屋根を積み重ねただけの――家と呼ぶにはあまりに陳腐な小屋が連なる通りに、二つの影があった。  彼らは所々に積み重なるごみ溜めを漁る人々の合間を縫って、鼬ごっこを続けていた。  追われている青年は、背後から近付いてくる人物の存在を把握しながらも声を掛けるでもなく、先程よりも歩幅と歩く速度を上げていく。  一方で、青年を追う者は少女。歳は十代後半といったところだろうか。陽の光を浴びて煌めかせる腰まで掛かる桃の髪を振り乱し、小走りに駆けていく。だぼついた白一色のマジックローブは跳ね上がる砂埃で裾が汚れている上、走る度に布が足に纏わり付くのだから動きにくいことこの上ない。  懸命に追い掛けているが、その差は一向に縮まらない。それよりも、先程より明らかに歩くスピードが増しているように感じられた。  このまま追い続けていても、追いつけないことは明白。ならば、彼女が次に取る手段はただ一つ。 「ち、ちょっと……! 待ちなさいよ!」  ――それは接触により、相手を止めること。  背後からの声に気付きながらも、青年は尚も素知らぬふりを貫き通し、ぐんぐん速度を上げる。  自分の存在に気付いていることは明白。だとすれば、厄介事は我関せず……ってことね。    尚も逃げ続ける青年の背に――。 「……仕方ない」  少女は一つぼそっと呟くと、元は純白であった黄土色の斑点で染まるローブのポケットからあるものを取り出した。  
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