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「あれ?」
思わず、といったように、お蝶は目を見開いた。
「どう、しました」
それを聞き逃さず、薬売りはお蝶に声を掛ける。
しかしお蝶は、まるで何事もなかったような顔で薬売りを見返した。
「…いえ、もう忘れました」
「ほう…忘れましたか」
果たして、殺害方法を忘れる罪人があるだろうか。
だが、そんな信じられぬ答えを追及することもなく、薬売りは口元を吊り上げた。
「まあ、噂話なんて尾鰭背鰭がくっつくもの。どうやったかは問題じゃない。味噌で煮ようが塩で焼こうが鯖は鯖、ってね」
「わけがわかりません」
呆れた様なお蝶にくるりと背を向けると、薬売りは傍らの薬箱から何かを取り出してみせた。
「とても、女一人の手でやったとは思えない」
そう言った薬売りの手には、不思議なものが乗せられていた。
両手を左右に伸ばした人形のような、しかし足が一本しかないそれは、薬売りの白い指先でゆらゆらと左右に揺れている。
「何です?それ」
不思議そうに聞いたお蝶に、薬売りは軽く微笑んでみせる。
「天秤、です」
「天秤?」
天秤にしては、らしくないその見た目。しかも何故今天秤が必要なのかと、お蝶は首を傾げる。
「お気になさらず。単なる、仕事道具ですから」
薬売りがそう言い終わると同時に、天秤の両手から紐で繋がれた鈴が飛び出す。それは左右でバランスをとるように、ちりん、と澄んだ音を鳴らす。
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