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「目撃の証言も、証拠らしい証拠もなく、自分がやったという貴女の自白だけ。肝心なところは曖昧だ」
何事も見逃すまいとするような、鋭い視線。それを無表情に受け止めるお蝶は、何も言わない。
「実はね、お蝶さん。私は、貴女一人でやったんじゃない、と、思っているんですよ」
お蝶の表情は、何も変わらない。
「私はね、モノノ怪の仕業だと、思っているんです」
「モノノ怪?」
聞き返したお蝶の言葉に、薬売りの口元が、妖しく笑う。
「心当たり、お有りじゃありませんかね…?」
まるで囁く様に、お蝶に問い掛ける薬売り。
しばらく閉じたままであったお蝶の口が、小さく動く。
「いいえ、全く」
一瞬。
ほんの一瞬であったが、お蝶の視線が牢の奥へと向けられた。
薬売りは、微かに目を細める。
「ほう…」
「私、一人でやったんです」
しかしそれからすぐに視線を戻したお蝶は、薬売りに向かってすっぱりと言い切った。
薬売りは、ふむ、と考える。
「そう…しかし、貴女」
「はい」
答えたお蝶に、薬売りは言葉を探すように視線を彷徨わせる。
「ほら…その…あるでしょう?人にはその…纏わねばならぬ空気とか。"顔"というものが」
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