前編

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「目撃の証言も、証拠らしい証拠もなく、自分がやったという貴女の自白だけ。肝心なところは曖昧だ」 何事も見逃すまいとするような、鋭い視線。それを無表情に受け止めるお蝶は、何も言わない。 「実はね、お蝶さん。私は、貴女一人でやったんじゃない、と、思っているんですよ」 お蝶の表情は、何も変わらない。 「私はね、モノノ怪の仕業だと、思っているんです」 「モノノ怪?」 聞き返したお蝶の言葉に、薬売りの口元が、妖しく笑う。 「心当たり、お有りじゃありませんかね…?」 まるで囁く様に、お蝶に問い掛ける薬売り。 しばらく閉じたままであったお蝶の口が、小さく動く。 「いいえ、全く」 一瞬。 ほんの一瞬であったが、お蝶の視線が牢の奥へと向けられた。 薬売りは、微かに目を細める。 「ほう…」 「私、一人でやったんです」 しかしそれからすぐに視線を戻したお蝶は、薬売りに向かってすっぱりと言い切った。 薬売りは、ふむ、と考える。 「そう…しかし、貴女」 「はい」 答えたお蝶に、薬売りは言葉を探すように視線を彷徨わせる。 「ほら…その…あるでしょう?人にはその…纏わねばならぬ空気とか。"顔"というものが」  
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