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「顔?」
「明日、死罪を迎えている者が纏っている空気ではない、という」
そういう意味ですよ、と笑ってみせた薬売りに、お蝶は自分の着物を見下ろして、自嘲気味に言う。
「着物はすっかり白装束ですけど」
すると薬売りはくすっ、と笑い、静かに立ち上がる。
「まあ、それはここのお仕着せですから。なりは兎も角、顔ですよ、私の言いたいのは」
薬売りはお蝶を見、目を凝らすようにする。
「まるで別人だ。普段のお蝶さんと」
それを聞くと、お蝶は馬鹿にしたように笑う。
「何をおっしゃるのです。普段の私を知りもしないで」
お蝶がそう言うのも当たり前だろう。何せ二人は、今日この牢獄で初めて出会ったのだから。
お蝶は、眉をしかめて薬売りを見る。
「あなた…何者です」
その時、だった。
不意に、ぞろりとした気配が、牢の中に走る。
何処からか紫煙が立ち込めて、空気が重くなったようにも感じられた。
『お前、何者だ』
牢に響いた男の声に、薬売りは素早く身構えた。
辺りに視線を走らせるが、見えるのは紫の煙ばかりで、その姿は見えない。
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