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「お前、真中知らねえの! 陸上部部長にしてウチの学校の期待の星。八月のインターハイじゃあ、ハードルで学校初の七位入賞で表彰されてたじゃねえか!」
知らない。
熱弁する颯太を見ながら、俺の中には欠片も記憶がない。
というか、八月の大会なら表彰されたのは九月始めの始業式。
今は十月のため、そんな昔のこと覚えてるわけがない。
「そっか……奏だもんね。興味ないものはとことん頭に入らないから……」
呆れたように言う翼に、俺はまた何も言えなくなる。
まったくその通りだからだ。
おかげで、かれこれ半年も一緒にいるはずのクラスメートも颯太以外はうろ覚え──というか分からない。
「ま、いいや。で? フったの?」
「フるもなにも……俺は真中を知らないし、それに……俺のこと好きとか言えるヤツが信じらんねえ……」
俺の言葉に二人が固まるのが見えた。
──? 俺、今、変なこと言ったか?
ただぼうっと反応のおかしい二人を眺めていたら、いきなり、二人の表情がいきなり変化する。
一瞬、悲痛とも取れる表情になったかと思ったら、すぐに笑顔となった。
「なに言ってんだよ! オレは奏が大好きだぞ!」
「わたしも! 奏だぁーい好きッ!」
突然、二人がガバッと抱きついてきたため、体が後ろにそられ、足と背中に痛みが走る。
それでも、二人から言われた嫌いな“大好き”という言葉に、自然と笑顔になった。
それを隠したくて「やめろよ」と言っても二人は離れることをしなかった。
────**
ふと──足が止まった。
それは自分の意志がどうこうでなく、ただピタリと身体が動かなくなったのだ。
二人と別れ、無意識に、それこそなにも考えずにぼうっと歩いていた足が突然止まった。
見なくてもわかる。
家に着いたのだと。
「相変わらず女々しいヤツ……」
もちろんそれは俺のことで。
無意識とはいえ、自宅が目の前になった途端、律儀にも歩みは止まったのだ。
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