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目を覚ました私は、女が容れてくれた珈琲を飲み、「此処にでも引っ越してこようかな」と冗談で言ったのだが、「ああ、何時でも来て下さいな」と満面の笑みで返された為、「何故だ。どうして、一見の私にそう優しく出来るのだ」と尋ねた所、「友達もいないし、暇で仕様がないの」との事である。
あまり否定的になるのもどうか、と私は感じたので、その日は電話番号だけを交換して、家を出た。
一月後、ニュースを見た。
女性が白昼堂々、ビルから投身自殺を謀ったと云うものであった。
名前が下の欄に出た時、私の頭は殆ど真っ白になってしまう。
ひと月前に知り合った、つい一先日も一日中ベッドでじゃれあった女の名前がそこにはあった。
私は、着の身着のまま部屋を飛び出し、近くの公衆電話で無意味に七回程電話を掛け、留守電に女の面影を見た後、一目散にビルへと走り出した。
――嗚呼、あのビル。何故なのだ。嗚呼、神様。何故そんな酷い事を。
私が一月前に煙草を吸っていたあのビルに到着した時には、夕暮れが闇に取って代わる間隙の事であった。
実況検分ももう済んだのか、一房の花が、四方を囲む高いフェンスに立て掛けてあるのみ。
私は煙草に火を点けると、花の隣に寄り添って話し掛けた。
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