月の在処

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「君は、あの日、飛び降りる為に此処に来たのだね。然し、それなら何故涙ながらに私の事を止めたのだろう」  甚だ疑問である。女があれだけ掲げた善は、偽物だったのだろうか。いや、違うな。本物の偽善とは、本物の善よりも気付けぬものなのだ。少なくとも、私に取っては。  そして、あの女と共にだったら死んでも良かったのに、とふと考える。  然し、目の前にあるのは花のみで、流石に花と心中するつもりは毛頭無かったので、私は元に来た道を戻る。  叶わぬ。もう、あの女は居ないのだから。  偶然目に留まった、何時もより近い三日月が、私の心に残存する女の印のように見えて、其れだけが、やはり、心残りであった。 ――終幕――
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